【地域別】葬儀の特徴~三重県編~
ども まことじいさんです。
葬儀の風習なんて、地元でも知っている人は少ないですよね。
じいさんは遠州地方(静岡県西部)在住ですが、元々は関東出身で遠州地方の風習に詳しくありませんでした。
母が亡くなった際に調べたところ、葬儀に関しても地方独特の風習があって驚きました。
通常、白木の位牌から本位牌への切り替えは四十九日の法要の時に行われますが、遠州地方では初盆から一周忌法要の間に行われます。
このような地方独特の風習はどの地方でも見られますが、知らない人も多く葬儀の際に慌てることもあると思いますので、まとめておこうと思います。今回は三重県編です。
三重県は、日本の真ん中の位置にあり、山間部から海辺まで、さまざまな自然に囲まれた地域です。
そして、三重県と言えば、歴史が深く、全国的に有名な「伊勢神宮」がある街です。
北勢、伊賀、中南勢、伊勢志摩、東紀州の大きく5つの地域に分類され、葬儀に関する風習も地域によって違いがみられます。
目次
組
三重県には『組』と呼ばれる近隣住民の相互扶助組織があります。
組内で不幸があった場合、この『組』が通夜や葬儀を取り仕切るため、自宅葬の数が70%を超える三重県では大変重要視されています。
地域によっては、仕事よりも葬儀の手伝いが優先されることもあり、他の地域から引っ越してきた人などは、困惑することも多いようです。
非時(ひじ)
松阪地区では、『非時』と呼ばれる訃報通知を、封筒型に入れて配りますが、一緒に「足代・食事代」として現金を入れて渡します。
『非事』に同封する金額は千円程度の事が多く、千円札は新券を用意するのが一般的です。
封筒の表面に、喪主の名前と通知先の代表者の名前、裏面に死亡者の名前と、通夜と葬儀式の日取りや会場などを記入します。
『非事』は、隣組や親戚の者が、葬儀前に会葬予定者の家へ配りに行くことが多いようです。
同じ『非事』でも、飯南・飯高地区では、会葬礼状や返礼品として配られますが、この場合は、御香典返しの意味合いも含まれているようです。
他にも、伊勢では返礼品を『代非時(だいひじ)』や『非時』として通夜式の会場で渡すこともあるようですし、葬儀・告別式に参列いただいた方に、食事をふるまうことを『非時』と呼ぶ地域もあるようです。
同じ『非時』でも、地域によって意味合いに違いがありますので、注意が必要ですね。
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三重県では、お隣の愛知県と共通する習慣が多く、故人との最後の別れを行う『出立ちの膳』も、その一つです。
『出で立ちの膳』では、『涙汁』と呼ばれる胡椒や唐辛子が入った、とても辛い吸い物が振舞われます。
辛さで涙を流すという意味合いのほか、辛さでお葬式の疲れを取る意味合いがあるそうです。
通夜
夜伽見舞い・お淋し見舞い
三重県には、通夜の際にお見舞いの品を渡す『夜伽見舞い』の風習があります。
地域によっては『お淋し見舞い』と呼ぶこともあり、お菓子など簡単に食べられる食べ物や、お酒などを用意し、遺族に渡します。
「家族で最期の時間をゆっくり過ごしてほしい」「故人が寂しい思いをしないように、棺を囲んで故人との思い出を語り合って欲しい」という参列者の想いから、『夜伽見舞い』を渡す風習が生まれたと言われています。
遺族は『夜伽見舞い』を食べながら、一晩中、故人のそばで語り明かします。
通夜見舞い
伊勢市周辺では、通夜式に参列する際に、少額の『御通夜見舞』と表書きされた香典を渡す習慣があります。
この表書きには「明日の葬儀・告別式にも参列します」という意味があり、葬儀・告別式の際には、改めて「ご霊前」と表書きした香典を渡します。
一般参列者は、葬儀よりも通夜に参列することが多いですが、告別式に参列する場合は、着席して焼香を行い、出棺まで見守ることが一般的です。
村香典
伊賀エリアにある名張市など一部の地域では、近隣住民が一定のお金を出し合って、霊前に供える『村香典』という習慣があります。
金額は1,000円〜3,000円程度で、故人との付き合いの有無に関わらず、一律に集められるようです。
昔から人々の結びつきが強い同地区では、相互扶助の精神から生まれた習慣が、今でも残っているようです。
助六寿司
四日市市をはじめとした北勢エリアでは、通夜式後に親族や弔問客たちで会食する、いわゆる「通夜ぶるまい」をしないことが多いそう。
そのかわり、親族やお手伝いいただいた方には『助六寿司』の折り詰めを配り、持ち帰ってもらいます。
いろ・涙手ぬぐい
三重県の農村地域では、葬儀の際に遺族が白い布を身につける、『いろを着る』という風習があります。
さらに、南勢地域では『涙手ぬぐい』という風習もあります。
これは、白、黄、赤などの色のさらしを手ぬぐいほどの大きさに切り、子どもは白、孫は赤といった感じで、近親者に色分けして配るものです
火葬
日本では、通夜・葬儀の後に火葬することが多いですが、三重県では、地域によって荼毘に付すタイミングが異なります。
津市や松坂市は葬儀後に火葬を行ないますが、尾鷲市周辺の地では通夜の前に火葬を行ないます。
また、伊勢市や熊野市では通夜の翌朝、葬儀の前に火葬を行なうことが多いようです。
『前火葬』の場合、最後のお別れに顔を見ることが出来ません。
お顔を見てから、お別れしたい場合は、事前に火葬のタイミングを確認しておく必要があります。
熊野地方は葬儀も独特
三重県の熊野地域では、土葬が行われていた頃からの、独特の風習が今も受け継がれています。
基本的には、通夜の前に自宅で仮通夜が行われ火葬されますが、仮通夜の前に墓地に穴を掘って準備しておきます。
葬儀後に、その穴に遺骨を埋葬し、目印になる墓標を立てておき、四十九日の法要の前に、墓標は石塔に取り替えるられます。
また、熊野地域の葬儀は、男女分かれて着席して行われることが多く、亡くなった人の配偶者は通夜・葬儀・法要には参加しません。
その代わりに、初七日から四十九日まで、配偶者は毎日墓参りを欠かさず行います。
しめ縄を外す
松阪地区では、伊勢の風習から様々な影響を受けていますが、その一つとして『注連縄は1年中、玄関に飾る』というものがあります。
これは、伊勢神宮のお膝元である伊勢地区は神域であり、歳神様をお迎えする新年だけではなく、いつでも神様が身近にいらっしゃることを意識しているためであると言われています。
神棚が供えられている家では、葬儀の際に扉を閉じ、封印を行いますが、「注連縄を外す」という習慣も同様の考えからと思われます。
外しておく期間は、神棚封じが終わる尸揚(忌明け)までとされ、一度外しておいた注連縄を、再度玄関に飾ることも多いようです。
朝田寺
松阪市とその周辺の町村では、葬儀の後に『朝田寺』にお参りをする風習があります。
『朝田寺』は、松阪市朝田町にある天台宗のお寺ですが、宗派関係なく葬儀式の翌日に、身内が故人の衣服を一着持ってお参りに行く習慣があります。
朝田寺では地蔵菩薩を祀っており、お地蔵様に、故人の黄泉路への旅が無事に済むことを願うための風習と言われています。
また、故人の衣服は地蔵盆での供養のために、それまで本堂の天井に掛けておきますが、これは『掛衣(かけえ)』と呼ばれ、三百年以上前から続いている風習です。
まとめ
伊勢神宮で有名な三重県は、葬儀も伊勢神宮の影響を受けた風習が見られるます。
周辺地域では、神式の葬儀が行われるますし、一年中しめ縄を飾っている地域もあり、神道の影響を強く感じることが出来ます。
また、夜伽見舞いや村香典など、地域住民の相互扶助の精神が受け継がれている風習も、今に残されています。
なお、今回は参列される方向けに記事を書いていますが、喪主の方は事前に多くの準備が必要となります。『【通夜・葬儀】事前に準備しておくべきこと』で詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。
もしこの記事が誰かの役に立てば幸いです。
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